五→主前提
すう、はあ。すう、はああぁ。
何度か、そんな重い溜め息が聞こえた。それは僅かに震えていて、全てを吐き出したあとの熱の篭った吐息が、わたしの肩をひくり、と引き攣らせた。
「帰ろう」とわたしから言って、その返事はしばらく無かった。七海は依然として額に掌を当て、何かを考えあぐねる様に動かなかった。
「七海、」わたしはもう一度同僚の名を呼んだ。そのときになって、ようやっと七海はこちらを見た。
目が。いつもの七海のそれではなかった。わたしはすぐにその危険を察知した。七海がゆっくりとこちらに歩み寄る。大きな巨体が迫る緊張感、彼の纏う異様な空気感に対する恐怖。わたしは無意識のうちに息を呑み、恐る恐る彼を見上げた。体と体がじりじりと距離を詰める。ふと伸ばされたその逞しい腕に驚いて、思わず押し除け制止しようとしたわたしの手を、七海は絡めとるように引き寄せた。
「ななっ、み!」
ドン、と七海の胸板に頬がぶつかった。それはまるで壁だった。僅かに柔く、しかし分厚く硬い肉の壁にぶつかった衝撃のあと、シャツの下に感じる隆々とした筋骨が熱を帯びて汗ばんでいることに気付いた。わたしはまたひっ、と息を呑んだ。
わたしの体をぎゅう、と抱き込んだ男は、耳元でまた熱っぽい溜息をついた。
「な、なみ…大丈夫?」
彼の様子がそうではないことを分かり切っていたはずなのに、そのときのわたしにはそんな質問を投げかけること以外になす術がなかった。
「…あまり、芳しくはない、ですね」
「だよね…とりあえず、その、離してくれる?」
大きな巨体に覆い被さられるように抱き込まれると、物理的な圧迫感で、呼吸も少し苦しい。掠れた声でなんとか返答した七海のその恵まれた体躯は、汗でしっとりと湿り気を帯びていた。温度の高い分厚い胸板に顔を押し付けられて、理性も保つべきはずのわたしですら、ただそれだけで何か如何わしい変な気持ちになりそうだった。
わたしはそんな自分に慌てて喝を入れ、彼が正気を取り戻してくれることを祈りながら「七海、七海」とその名前を呼び続けた。
「あっ…?ちょっ、」
しかし、あろうことか七海の大きな掌はわたしの身体を抱き込んだまま臀部へと伸び、服の上からそこをぎゅっ、と鷲掴んだ。やばいぞ。今の彼は間違いなく正気じゃない。
まともな思考回路であれば、この行動がどれほど命知らずなものであるか判断できない七海ではない。
正直、その名を出すことは非常に癪ではあったが、彼が今一度理性を持ち直してくれることを期待してわたしは口を開いた。
「七海っ、ほんとに、やばいから…離して。五条にバレたら殺されるでしょ…?」
ふぅふぅ、と苦しそうな息遣いが耳元で聞こえる。その熱く濡れた吐息が耳に吹き込まれるたび、わたしの背中はあられもない感覚に粟立った。
ゴツゴツとした男性らしい大きな掌は、それでも動きを止めずに、あいも変わらずわたしの尻を揉んでいる。持ち上げて、引き寄せて、少し開いて。ぐにぐにとその掌の中で形が変えられる刺激には、わたしは固く唇を噛み締めることしかできなかった。
七海が耳元でボソボソと何か喋っている。「…なに?」と顔を上げると、驚くくらいの近距離にその顔があって、直後に薄く開かれた唇が降ってきた。わたしが丁度開いた口に蓋をするかのごとく、それは深く深く重ねられた。
「ふっ、ん!?」
開いた隙間から、濡れた分厚い舌が侵入した。それは無遠慮にわたしの咥内を這いずり回り、歯列を舐め、奥に引っ込んでいたわたしのそれを絡め取って吸い上げた。唾液のくちゅ、という水音がまた恐ろしいほどに厭らしくて、わたしの脳味噌も次第にぼんやりと靄が掛かったみたいに不透明になっていった。
キスをするたび深く、強く体を抱き締められる。いつのまにかわたしの背後には壁が迫って、ついにそれが背中に接地した。七海は更にわたしの体をそこに押し付けると、僅かも逃げられないようにとまた深くキスをした。
「んっ、んん、なっ」
わたしの制止の声を飲み込むように。七海の薄い唇が、開いてはわたしの口を食むように深く重ねられた。
ふと、先程から執拗に尻たぶを揉んでいた大きな手が、急にそれを少し持ち上げた。ぐっ、と左右に割り開くように拡げられると、その合間に七海の太い太腿が割り入った。不味い。本格的に危険な気配がする。なんとか身を捩ってそれを制止しようとしたが、圧倒的な体格差ゆえ、七海はこちらの些細な抵抗などものともせずに、そのまま服の上からわたしの性器を膝でぐいぐいと押し上げた。
「っひ」
ビクビクと身体が無意識に揺れた。
あの七海に限って、こんな乱暴な愛撫の仕方はあり得ない。太くて硬い太腿で擦り付けられるそこは、最早痛みを覚えるほどの力加減だったのに、わたしの抵抗はまたも七海に飲み込まれた。
もう本当に、いまここにいる七海には、平生の理性というものがほんの僅かも残っていないのだろう。そのときわたしはようやく悟った。
「んっ、ん゛っ、んぁっ、ななぁ、み!」
やばい。やばい。ぐっ、ぐっ、と繰り返しそこを押し上げられ刺激されることにより、わたしは自分のそれが間違いなく反応し、順応しようと下着をしとどに濡らし始めたことに気が付いた。キスを続けながらも時折体が浮き上がるほど、七海は強い力でそこを押し上げ、擦り、刺激した。
駄目なのに。やめて欲しいのに。
それでも目の前に広がるむせ返るような雄の匂いに、わたしの頭はどんどんと馬鹿になっていった。腰が震える。気持ちいいだなんて、そんなことはあり得ないはずなのに。だって相手はあの七海だ。同僚だ。友人でもある。その彼が、とある呪霊によって我を失っているのだ。わたしは友として、仲間として、彼を正気に戻すことがなによりも急がれることであるはずだったのに。
だというのに、浅はかにもわたしはこうして腰を揺らし、確かな快楽に打ち震えてしまっていた。
そのときになると、もはや下着が使い物にならないほど濡れて駄目になっているであろうことが分かった。
でも、まだ未遂。大丈夫、ここまできたとしても、まだ戻れる。七海、頼む。お願い。
「あっ、だめ、だめ…ッ!」
しかし、無情にも七海の指先はわたしのズボンに突っ込まれ、尻の割れ目から、さらにその奥へと伸びた。長く節くれだった指先が、ぬるぬると何度もそこを行き来する。相変わらず大蛇に巻きつかれたみたいに抱き込まれるわたしには、ぐちぐちと水音をたててそこを弄る七海に何一つ抵抗らしい抵抗が出来なかった。
「なな、み!ななみっ!だめ、あ、だめだって」
背中のシャツを引っ張ってみても、逞しい肩甲骨を叩いてみても、彼の動きは止まらない。指先は更に奥に伸び、恥骨の少し下にあるそれを捉えたかと思うと、強い力でそこを擦った。びく、と一際大きく身体が揺れる。目の前に閃光が走った。
「ななみ!やだ、だめ!だって!んあっ」
自分でも恥ずかしくなるほどの甲高い声漏れた。馬鹿みたいに腰が跳ねる。ぬるついた指がそこを擦る強い刺激に、わたしは耐えられなかったのだ。
こちらの反応に気をよくしたのか、若しくはさらに追い立ててやろうという加虐心が芽生えたのか、七海はぐにぐにとその突起を捏ねて、擦って、押し潰した。まるで殴られたような、あまりにも直接的なその快楽には、早くも目の奥がチカチカと光った。乱暴な指先が、わたしの悲鳴を飲み込まんとする深いキスが、堪らなく気持ちよかったのだ。
ふ、と長い指が膣の入り口に触れた。
そしてそれはちゅぷ、と粘着質な音を立てて中に挿し込まれた。
「っふ、んぅ…!」
つぷぷ、と長い指は簡単に根元まで収まり、短く切り揃えられた爪が肉の壁を柔く引っ掻いた。びくっ、と腰が大きく跳ねた。それはすぐに抜き出され、また挿し込まれる。じゅぷっ、じゅぷっ、とはしたない音を立てながら、七海はわたしの性器を何度も何度も虐めた。
「んっ、んっ!あ゛っ」
片手で尻たぶを割り開き、片手でその奥の性器を執拗に弄るこの男は、本当にあの七海建人その人なのだろうか。耳元で聞こえる大袈裟なほど荒いこの吐息も、締め殺さんとばかりにわたしを拘束する太い腕も、七海のそれだとは到底思えなかった。
ああ、こんなこと、五条にバレたらわたしも彼も本当にただでは済まないのに。本気で殺される。七海。どうしてこんな簡単なことにすら分別がつかなくなってしまったの?正気に戻ってよ。お願い。
わたしまだ七海に死んで欲しくないよ…。
いつの間にか二本に増やされた長い指が、腹部側の内壁を何度も強く小突いた。こんな時でも聡い七海は、わたしの反応で見つけたであろうその箇所を的確に、そして何度も刺激することによって、こちらの絶頂を誘った。
駄目駄目駄目。本当に、だめだって。
「~ッ、ん゛ん゛んんっ!んっ!ぁあ」
チカチカと目の前が光る。体はもうわたしの制御下を抜け、ビクビクと痙攣するように震えた。
そのまま七海の腕の中であっけなく果てたわたしは、脱力し、もうその腕なくしては立っていられなかった。七海はそんなわたしをまた壁に押し付けると、ズボンと使い物にならなくなった下着を一気に引き下げ、自分もベルトのバックルに手を掛けた。
わたしはただただぼんやりとその光景を眺めることしか出来なかった。カシャン、とベルトの金具が床に落ちる音とともに、七海のスラックスも足元に落ちた。うわ、本当に勃ってるよこの人。恐ろしいほど大きく怒張したそれが、下着の下から窮屈そうになって現れた。
その頃になると、愚かなわたしにはもう後戻りするという選択肢など残っていなかった。思考すら溶けてなくなってしまっていたのかもしれない。背中を壁に預けたまま、また尻を掴まれて持ち上げられる。身長差から、対面したこのままの体勢で挿入するのは恐らく困難だ。そんなことを思案していると、彼はわたしの背中を壁に押し当てながら、体をひょいと、いとも簡単に持ち上げた。浮き上がったわたしの体は、丁度怒張したそれの上にこちらの性器が当てがわれるような位置で固定された。ともすれば崩れ落ちてしまいそうな不安定な体勢で、わたしは怖々と七海の首元に腕を回した。
七海を見た。彼もまたわたしを見ていて、その瞳にはかろうじて生き残っていた、か細い理性の糸が見えた気がした。
「…謝っておきます、本当に、本当にすいません」
今まさにそれを突っ込もうとしている男の台詞ではなくて、少し笑えた。
にちゅ、と濡れた先端がわたしの性器に押し付けられる音が聞こえた。視線を少し下にずらすと、挿入のために七海の腰の位置まで持ち上げられた自分の腹部とその奥が見えた。充血で少し膨らんだ性器の肉が割り開かれ、グロテスクな赤黒い男性器を飲み込まんとしている、それはあまりにも扇状的な光景だった。わたしは息を呑んだ。目が逸らせないほど、官能的だった。
その長い性器がゆっくりとわたしの足の間に消えていくのと同時に、確かな質量が膣内に押し込まれる感覚を覚えた。みちみち、と音を立てて中に挿入されるそれは、一瞬意識が遠のくほどに大きくて、熱くて、太い杭を打ち込まれているような衝撃だった。
半分まで挿入すると、七海はわたしの体を引き寄せるようにしてそのあとずぶずぶとそれを根元まで埋めた。恥骨と恥骨がぴったりと触れ合う。見ればわたしの濡れた割れ目に七海の下生えが厭らしく絡みついていた。
「ふっ、んん」
「…っはぁ」
七海は更にゆさゆさと腰を寄せてから、ふぅ、と重たい息を吐いた。その一連の動作が、ただただ愛玩具に自身の性器を収めるだけの自分本位な動きにも思えて、わたしは至極ゾクゾクした。
あの七海が。このわたしを。同僚であり、小煩い先輩の息のかかった面倒な女を、こんな風にただ自分の快楽のままに使う光景が、あまりにも扇状的だったからだ。
下半身を抱え上げられて、両足は完全に宙に浮いた。お腹を突き破られるのではないか、と恐ろしくなるほど奥にまでそれは到達し、わたしの足先はまた勝手にピクピクと痙攣した。コツ、と最奥の肉の壁に先端をぶつけると、七海はそこでしばらく動きを止めた。その刺激で、わたしはまた声も出せず一人で果てた。びくびくと体の痙攣が止まらない。七海が耳元で吐き出した熱い吐息にさえ、馬鹿になる程感じてしまった。
「あ゛ッ、あっ…な、み…」
わたしの痴態に気付いているのか、七海はようやく腰を動かし始めた。初めはこつこつと奥の壁をノックするように、そして次第に性器を半分以上も引き出してから、それを上に叩き付けるように。七海は乱暴に腰を打ち付けた。
「あっ、や゛!おくっ、おぐっ、だめっ!」
イったばかりでもう僅かも触れて欲しくない子宮口を、わざとそこばかりを強い力で抉る七海にわたしは恐怖した。強すぎる快感は、痛みにも似ていた。
脳みそを揺さぶられるような快楽、腹の奥が震えて粟立つ感覚。それらに襲われながらも真下から強い力で突き上げられる衝撃は、七海の首に回した腕も振り解かれるほどだった。わたしはもはや何かに縋ることもできず、ただただ大男に揺さぶられ、犯されるだけだった。
「いっ、んぁ、やっ!お゛く、ななみっ!」
わたしの悲鳴なんて、もうこの男には聞こえていないのかもしれない。悩ましげに眉を寄せ、ただ己の快楽のためだけに腰を打ち付ける七海は、もうわたしの知る七海ではなかった。
ばちん、ばちん、と濡れた肌同士のぶつかる音と、粘着質な水音が鼓膜を揺する。そのうち、七海はわたしの頭を掴んで自分の胸板と鎖骨の間に押し付けると、さらに強い力で腰を突き上げた。目の奥が白く光る。体全部を七海に押し付けられると、僅かな身じろぐ余裕さえ奪われた。体を深く抱え込まれたことにより、性器は更に奥にまで突き刺さった。
今の七海はきっと自分が誰を犯しているか、それすらも分からなくなっているのではなかろうか。わたしは七海の同僚であり旧友である。わたしには彼に多少なりとも親切にしてもらえるというような根拠のない自負があった。呪詛師や悪質な呪霊に向けられる冷たく凶暴な憎悪が自分に向くなどということは一切考えたこともなかったのだ。
けれど今、その凶暴性は確かにわたしに向けられていた。手荒く体を嬲られ、これ以上ないほどに尊厳を犯されている。筋肉が厚くついた胸板に顔を押し付けられたまま、わたしはまともな呼吸も許されず、突き上げられるたびに意識が飛びそうになるのをなんとか繋ぎ止めていた。
「っひぅ゛っ、んっ」
汗の匂い、知らない男の匂い。分厚く火照った筋肉に押し潰され、その圧迫感に息も出来ないまま、わたしはいま本当に五条ではない男に犯されているのだな、などと頭の隅で思案した。そんなことを考えていなければ、目の前の泥のような快楽と暴力に窒息してしまいそうだったからである。
触れたらきっとその弾力がすごいのだろう、といつぞや思っていた七海のその腕が、胸板が、身体全部が、今や文字通りわたしを抱き潰さんとしていた。
七海は最初に謝ったきり、なにも言わない。お互いこれが最期になるかもしれないのに。わたしは縁起でもないことを考えた。
「あ゛っ、い゛ぐ、いくっ…ッ!」
何度目か分からない絶頂の少し後、七海は勢い良く性器を引き抜き、わたしの腹の上に精液を撒き散らした。しとどに溢れるその熱い飛沫に、今しがたまで乱暴に犯されていた膣内がきゅっ、と切なくなった。
その時になって、七海がハアハアと荒い息遣いをしていることに気付いた。きっちりと分けられた七三分けも、今はぐしゃぐしゃに乱れている。普段のぴしりとした風貌からは想像もつかない、今の情欲に塗れた淫らなその格好には、わたしですらなにか背徳心を煽られるようなものがあった。
わたしは息も絶え絶えになりながら、同僚のその名前を再び呼んだ。未だここは件の呪霊が撒き散らす、非常に厄介な呪力で満ちている。わたしの腹の上で盛大に果てた今の七海なら、もう正気に戻って、理性を取り戻していると思って声を掛けたのだ。ここから出よう、七海。今はそれしかない。
七海は乱れた呼吸を整えたのち、はあ、と冒頭のように重たい、そして熱の籠った溜息を一つ吐き出した。嫌な緊張感を覚えた。わたしは未だに七海に抱き抱えられたままで、足を地面に接地することすら許されていない。七海は何も言わない。決してこちらを見ない。けれど、わたしの臀部を鷲掴む大きな掌には、僅かに力が込められた。
「な、なみ…」
乱れた前髪、その隙間から彼の瞳が覗いた。
そこにはまだ、情欲の炎が妖しげに揺らめいていた。
「なっ、なみ!まっ、て!」
情けなく震えた制止の声は、無情にも彼には届かなかったようだった。
七海はわたしの体はぐるりとひっくり返すと、乱暴な手付きでそのまま背後の壁に押し付けた。ぐっ、とまた腰を引き寄せるように持ち上げられる。
「っひ」
ようやく自分の足で立つことを許されたのも束の間、七海の都合のいい位置まで腰を持ち上げられたわたしは、また爪先立ちとなって不安定な体勢を強要された。待って、と言い終わるよりも早く、濡れた入口に再び性器の先端が当てがわれる。その場で踏ん張りをきかせることも出来ず、そのまま背後から性器を挿入された。
「ふっ、う゛んんっ!」
みちみちと入口を割り開かれながら、その長く太い性器は再び根元まで収められた。つい先刻までの乱暴な蹂躙ですっかり形を覚えてしまったのか、わたしの膣内がなんの抵抗もなくそれを受け入れたことが信じられなかった。七海がぐっ、と腰を突き上げると、わずかに接地していた爪先すら浮き上がった。ごつごつと子宮口を抉られる度にわたしの体も同じリズムで浮いて、体重のすべてを膣の奥底で受け止める衝撃は計り知れないものだった。
「う、ん゛んっ、おぐっ、やだぁっ、な、なみい!」
目の前の薄汚れた壁に手をつき、爪を立て、混濁する意識の中でわたしはなんとかその衝撃を和らげようと必死だった。しかしそんな僅かな抵抗も不服だったのか、腰を掴んでいた七海の手が、突然背後からわたしをきつく抱き締めるように回された。七海の太い腕の下、完全に自由を封じられたわたしの両腕はもはや壁に手をつくことすら許されなかった。
その強い力で抱き締められたまま、膣の奥深くをゴツ、と突き上げられた衝撃で、わたしの体は今度こそ宙に浮いた。真下から体が持ち上がるほどの力で性器に串刺しにされ、息を吞む。七海はそこで動きを止めると、先端でぐりぐりと子宮口を嬲った。
「ふっ、…お゛、ろしてっ、い゛っい、ぐ…っ!」
その時のわたしには、本当に指先ひとつすらの自由もなかった。背後から両腕を抑え込まれるように抱き締められ、体は浮いて身じろぐことも出来ず、膣の一番奥を凶器のような性器で抉られて。ただひとつ許されたのは、端なく絶頂を受け入れることだけだった。
七海のような恵まれた体躯を持ってすれば、わたしの体を持ち上げそれを玩具のように嬲ることなどあまりに容易であるらしい。こちらの自由をすべて奪って行われるこの蹂躙で、わたしは大凡モノのように扱われた。
背後からの長い蹂躙の末、七海が何度目かの射精を終えたときにようやく体の拘束が解かれた。自力で立つ気力も無く、あらゆる体液が巻き散った地面に、わたしは成す術もなくずりずりとへたり込んだ。
体は小刻みに震え、膣の奥がいつまでもいつまでも痙攣しているような感覚があった。
ふ、と肩を掴まれる。無理矢理に背後を顧みることを強制された先では、わたしの目線に合わせ七海が膝をついて屈み込んでいる姿があった。七海がこちらを見下ろしている。最初に挿入されてからどれくらいの時間が経過したのだろうか。わたしはそのとき初めて七海と目が合った気がした。
「あ…まって…っや」
さすがにもう解放されたのかと思った矢先、七海はわたしの体を正面に向け、そのまま太腿を掴んで大きく開脚させた。七海のそれは、また頭を擡げ始めていた。
「や、なな、み…まって、やだ、やめて」
情けなく震えた声で、わたしは何度も何度も懇願した。緩慢とした速度で迫ってくる濡れた胸板を突っぱねようと、なんとかそれに手を伸ばして抵抗したものの、彼の体を制止できるわけもなく、やがてくちゅ、と先端がわたしの性器に触れた。七海はふぅ、と熱い溜息を一つ漏らしながら、わたしの背後の壁に肘をついた。正面と、頭上と、そして左右すらも。わたしの視界のすべてが七海の巨体に囲われた。
「あっ、やだっ、ななみぃっ」
くぷぷ、と濡れそぼった膣内に長い性器が埋められていく。もうわたしがどれだけ泣こうと、懇願しようと、この男を止められることはできないのだと悟った。
頭のすぐ上で、七海が息を呑む音を聞いた。七海の体に覆われ、暗い影となったそこでわたしは恐る恐る彼を見上げた。
「口を」
そのとき、最初の謝罪から初めて七海が口を開いた。
「口を、開けてください」
熱っぽい、掠れた低音だった。
挿入されただけで呆気なく果てたわたしには、その言葉を聞き取ることすら困難で、わからない、という意を込めて首を左右に振った。
「口を」
七海がまたそう告げた。壁に付いていた片方の手がわたしの顎を強く掴み、力づくで開口させられた。
「んっ、え」
「舌、出して」
七海の性器をぎゅうぎゅうと締め付けながら、わたしはその命令通り、犬にようになって舌を伸ばした。
「ふっ、んんむっ、ん゛っ」
七海の舌が、だらしなく伸びたわたしのそれを絡めとって咥内に押し込められた。舌と舌が、唾液が、唇同士が溶けてしまいそうなほどのキスだった。息継ぎも許されず、舌を喰まれ、わたしはこのまま窒息させられるのだと、本気でそう思った。
じゅるじゅる、とこんな端ない音を立ててわたしの咥内を貪る男が。わたしの意思も、自由も、何もかもを犯して嬲り続けるこの男が、あの七海健人だなんて、この期に及んでもまだ信じられなかった。
理性とは、その人をその人たらしめる蜘蛛の糸だった。それをとある呪霊に無残にも引きちぎられてしまった男の末路がこれである。けれど、酸欠で意識が飛びそうになりながら揺さぶられ続けるわたしもまた、あの呪霊に敗北した一人なのである。
その時、数えるのも億劫なほどの回数果てた七海は、何度目かの時と同じように、わたしの腹の上へその白濁を吐き散らした。それはあろうことかわたしの頬にまで飛んだ。
はあ、はあ、とどちらのものとも分からない乱れた呼吸の音だけが暫しそこに響いた。七海は担いでた私の足を降ろし、にじりにじりと僅かに後退してから静かにその場に項垂れた。
「…殺してください」
ああ、まさかこれがあの冷徹で清廉な七海建人の台詞であろうか。ゾンビのような声を絞り出した七海は、そのとき、ようやっと正気に戻ったようだった。
わたしはもはや腕の一本すら持ち上げられない疲労と倦怠感に襲われながら、「ふく」と、こちらもゾンビみたいな声を振り絞った。
「ふく、着せて…」
七海は弾かれたように顔を上げると、ものすごいスピードでこちらに近寄り、いそいそとわたしの体を拭いてから衣服を着せてくれた。そのあと手早く自分の格好も整え、少し離れたところに置き捨てられていた白いジャケットをわたしの肩にかけた。
「…七海」
「はい」
七海を見た。まだ額には汗が滲み、いつもの七三分けも官能的に乱れてはいるが、その瞳はもう先の獣のようなそれではなかった。
「隠そう」
わたしは告げた。七海の手を借りた上でなんとか上体を起こし、また「隠そう、これ」と告げた。
「え?」
「わたしたちはなにもなかった…ここで、なにもしていない。そういうことに、しよう」
どれくらいここにいたのかも分からない。わたしたちが祓うべく呪霊をこの雑居ビルの一室に追い詰めてから、何時間経ったのかは考えたくもない。けれどここで起きたことは、もう言い訳などで制裁が回避できるようなレベルではないことも事実だ。
そう、制裁とはつまり、五条に今日のことがバレた暁に待っている地獄のことである。
ここにはわたしと七海しかいなかった。そして、何もなかった。呪霊には逃げられたし、何も起きなかった。2人で自らの記憶をねじ曲げて改竄するしかなかった。
「でも、」
「でもじゃない。七海、本当に、五条に殺される…七海が正気じゃなかったのはわたしも百も承知だから…だからこの…今日のことについてはもう負い目を感じないでいいから」
無理矢理身体をこじ開け、途方もない長時間にわたってわたしを強姦した強い罪の意識があるのだろう、七海はわたしの提案に渋い表情を覗かせた。
確かに先ほどまでの七海はとてつもないほど恐ろしかったし、同僚の女性を強姦したという、これが本来ならば取り返しのつかない事態であることは理解している。
けれど被害者であるわたしに貞操観念なんてものが今更あるわけもないし、この歳になってセックスのひとつやふたつで喚いたりはしない。(ついでに言ってしまえば、五条には日夜もっともっとひどく扱われている)
こんな苦しそうな表情の同僚を目の前にしたら、今日のことを不問にする以外の選択肢などもはやなかったのだ。
「…ね、どっかで少し休んで帰ろう」
「…」
「出来れば下着も替えたいし」
七海は相変わらず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたが、わたしがつらつらと今後のことを話し続けているうちに、ようやっと「分かりました」と返答した。
「しかし、本当に、どう申し開きをしていいか…」
「申し開きもなんもないでしょ…ここは多分そういう場所で、あの呪霊もそういうモノだったんだよ」
微かではあるが、呪力の残穢のようなものをこの部屋から感じる。思えば七海がおかしくなってしまったのもこの部屋にあの呪霊を追い詰めた直後からだった。
これは任務中の事故の一つだ。大丈夫、きっとバレない。
でも…。
わたしは項垂れた。あの蒼く美しい六眼を持った男の顔が脳裏からこびりついて離れない。
「もしバレたらほんとにわたし死ぬかもしれないから、これが最期になるね…」
五条に。あの最強の術師と謳われる化け物みたいな男にこの後ろめたい事故を隠し通せる自信がわたしにはなかった。急に弱気になって、今度はわたしが地面に突っ伏した。
「七海、七海だけでもうまく逃げてね…」
この期に及んで泣き言を漏らすわたしに、七海はもうすっかりと平生の様子を取り戻したかのように、前髪を整え、シャツの襟元を正し、ゆるゆると首を振った。
「なにを言ってるんですか、どちらかと言うと死ぬのは私です。悪いのは私です」
ぐずぐずと泣き言を垂れている間にも、七海はひょい、とわたしを抱き上げ、この部屋の出入り口へと向かった。
違うんだよ七海。どっちが悪いとかね、そういうの、五条はあんまり関係ないんだよ。
その後、朝日が昇り始める時間帯になってようやく高専に戻ったわたし達を待っていたのは、言わずもがな五条悟その人だった。
入念に後処理をし、車内で口裏を合わせたあとのわたしたちはつとめて平静を装い、車を降りたところで、「じゃあお疲れ様」と、なんの違和感もない挨拶で別れた。上には既に適当な報告を上げている。きっと後日別の術師があの呪霊を祓う任務に駆り出されることだろう。
敷地内でラフな格好に身を包んだ五条から、「朝帰りだねえ、お疲れ」なんて、事情を知っているのか知らないのか分からない、恐ろし過ぎる言葉を掛けられ、生きた心地がしなかった。
その足でともに彼の部屋に戻ってきたわたしは、玄関で五条と別れ、そのまま脱衣所へと向かった。五条の視線が背中に突き刺さるのを感じた。今のは少し性急だったかもしれない。わたしはくるりと彼を顧みて、「疲れたからシャワー浴びて、ちょっと寝る」と言い放った。
「うん」
五条はにこにこと笑っている。不気味だ。わたしはボロが出ないようにと、つとめてゆっくり喋ることを心がけながら「そういえば」と続けた。
「…五条、こんな時間まで起きてたの?」
「んーまあちょっとね」
歯切れの悪い返事。
大丈夫、平静を。いつものわたしを演じればいい。五条がリビングに向かったのを確認し、脱衣所の扉を閉めた。ジャケットとズボンを脱いで、いそいそとそれらを洗剤と共に洗濯機にぶち込んだ。今すぐにこのスタートボタンを押せば証拠という証拠を隠滅させることができる。そう思ってシャツの釦に指をかけた直後だった。
「なに。なんか急いでる?」
閉めたはずの脱衣所の扉の方から、愉快そうな五条の声が聞こえた。声の感じからして、男はもうすぐ後ろにいる。ゆっくりと振り返ったわたしに対し、五条はいつものように柔く微笑んでいた。
「…別に。着替えるから出てって」
「ん?やだ」
五条は後ろ手に静かに扉を閉めた。わたしは無意識のうちにこくり、と息を呑んだ。肌がひりつくほどの緊張感がそこにはあった。
「な、に…あっち行ってよ」
声が震えてしまわないようにと、奥歯をギュッと噛み締めてから普段のような口調を努めた。五条はほとんど透過のない、漆黒のサングラスをずらしてわたしを見た。
「うんうん、そっかあ、…これもさあ、急いで適当に買ったんだろ?」
五条の指がわたしの下着に伸び、それをぐいと引っ張った。
「…オマエさあ、こんなダサい下着、持ってなかったでしょ」
つい先刻までとは別人のように冷たい声音だった。
口元には笑みがあるのに、その瞳にはわたしが恐れて止まない、あの光が灯っている。
息が。息の仕方を忘れてしまった。
「上着も脱がずに脱衣所に駆け込んでさあ、なにをそんなに急いでんの?ああ、さすがに外でシャワーは浴びてこれなかったんだね、汗の匂いするし」
くん、と近付いた五条の高い鼻が、ふんふんと首筋を擽った。
何か言わないと。そう思うのに、わたしは脱ぎかけのシャツを握り締めたまま言葉を失った。
何か言わなければ、息をしなければ。わたしは五条の瞳に無理矢理固定されてしまった視線をなんとか逸らすことに成功したのち、くるりと彼に背中を向けてため息をついて見せた。
「なにが?任務終わったまま帰ってきたんだから当たり前でしょ」
「おいおい、まだしらばっくれんのかよ、いい度胸だな。僕が気付かないとでも思った?」
肩を強く掴まれ、耳元でそう囁かれた。声はもう、わたしをひどく扱うときのそれだった。見なくても分かる。蒼い瞳をギラギラと輝かせ、五条は悪魔のような笑みを浮かべていることだろう。わたしは死を悟った。
ああ、やっぱり駄目だった。ほらね、七海。この男が気付かないわけなかったよ。ごめん。
「いいよ、おいで、僕が綺麗に綺麗に隅々まで洗ってやるよ」
二の腕を掴まれ、服のまま隣のバスルームに放り投げられた。タイルの上に尻餅をつき、慌てて退路を模索するわたしの頭上で、コックを捻る音が響いた。
「え」
直後、頭の上から生暖かいシャワーが滝のように振ってきた。下着も、シャツすらも脱いでいない着衣したままのわたしの頭上から、勢い良くシャワーの浴びせる男のこの所業は、悲しきかな、これから始まる悪夢のほんの序盤でしかないことをわたしは知っていた。
「ごっ、五条っ、なに!やめてよ!」
息も出来ず、水責めと呼ぶに相応しいほどのシャワーを暫くの間浴びせられたのち、キュッ、と小気味の良い音がしてそれが止んだ。
タイルの上で、宛らボロ雑巾のような惨めさで五条を見上げた。羽織を脱ぎ、半袖姿になった五条の太い腕には、雄々しい血管がうっすらと浮かんでいる。「はあ、やれやれ」五条は芝居じみた具合で、肩をすくめながらそう言った。
「素直に言ったら、優しくしてあげてもいいよ」
五条は長い足を折り畳んでその場に屈むと、わたしを覗き込みながら笑った。
「言うって…何を」
「は?分かってんだろ?」
わたしを酷く甚ぶる、雄の顔をした七海を思い出した。同時に、全部が終わった後、捨てられた子犬のように縮こまる七海のことも思い出していた。
わたしは、これからわたしを襲う果てしない悪夢を予見してもなお、ことの顛末をこの男に白状する気にはなれなかった。
「だから…何を」
あくまでシラを切る姿勢のわたしに、きっと全て分かっているであろう五条は、「そっか」と肩を竦めて微笑んだ。
「…オマエ、覚悟しろよ」
あれから暫く経ったのち、七海がやたらと遠方の任務に駆り出されていることを人伝に聞いた。調べなくても分かる。恐らく、いや、間違いなく五条の仕業である。有能な後輩になんと陳腐な嫌がらせか。あれが不可抗力の事故だったということをわたしから散々聞き出したくせに、なんて器の小さな男だろうか。
万年人手不足が嘆かれるこの多忙な業界で、東に西にと駆り出される七海を不憫に思いはしたが、制裁はお互い受けなければ平等じゃないよね、とも思わずにはいられないわたしだった。